STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

桜が散って

 桜が花を咲かせると、ついついそちらにばかり目がいってしまうものだ。
 そうやってすっかり春を桜に任せているうちに、あちこちで新芽が萌え出ていたことに桜が散ってみすぼらしい木になってからようやく気づく。
 冬の間、通勤途中をなんとはなしに通っていたけれども、あらためて周りの景色に目を向けてみるともうどこもかしこも緑をつけ始めていた。つい最近まではあんなに枯れ枝だったのに、どこかこんもりとした若葉をつけ、菜の花なんて土手を埋め尽くすほどに鮮やかに咲いている。ああ、春だなあ、と馬鹿みたいに呆けながらいつも車を走らせている。この時期特有の、どこか全体的に朧げな印象を受ける風景がとてものどかで、見ているこっちも穏やかな気分になれるものだ。まあ、会社に行くと嘘みたいにその気分がどっかいってしまうが。
 暦の上では晩春にあたるこの時期が一番春らしく感じられるのは、やっぱり映画でもなんでも、クライマックスが一番盛り上がることに通ずるのか、とそんなことをかんがえながら、初夏までのこの期間をなるべく春を感じるためについやそうと、そんな呑気なことも頭に浮かんだ。
 桜が散って、いよいよ植物たちが芽生え始めるこの頃が、ようやく東北地方にとっての長い冬の終わりであるのかもしれない。

春のエンドロール

 ぼくは作家・堀辰雄の影響もあってか、白い花、特にこぶしの花が咲いているとついつい目がいくようになってしまった。
 今はようやく我が家でも桜が咲いた。ソメイヨシノとは違い、濃いピンク色が鮮やかに花開いている。枝いっぱいに花がついているわけではないので、見応えがあるかと聞かれると正直うんとは言えないものの、今年も咲いてくれたのか、という安心感も相まって、その控えめな咲き具合になんだか親近感も湧いてくる。
 家では梅も見頃を迎え、こちらはソメイヨシノの代わりのように、ほんのりとした桃色をつけている。眺めていると、どこからかウグイスの鳴き声が聞こえてくる。東北地方もようやく春だ。
 そんな春の名木たちの影に隠れてしまっているけれども、こぶしの花も咲き出した。
 こぶし、というように、人の手をぎゅっと握った状態から指の先を上に向けてゆっくりと開いてゆくようにこぶしの花は咲いてゆく。大ぶりの花びらは少し黄味がかっている。我が家にある木はさほど花をつけないけれども、通りかかるたびにぼくはその咲き具合を確認している。そうして今からもう枯れてゆく姿を想像して心配なんかしている。今年もあと何日この花を見られることやら。・・・
 今の時期、道路を走っていると遠くの山や家々の傍にちらっと見える白い花に目がいくようになった。そうしてそれがこぶしの花だとわかるといちいちほっこりしている。春のあわれ、なんていうのは少し大袈裟か。春の木曽路を電車に揺られながら、まだ雪深い山奥のそちこちにようやく咲き始めた白いこぶしの花を探す堀辰雄の影響が、こんなところにも出ているのだ。
 ぼくの通勤途中の道に、すぐ道路沿いに生えているこぶしの花がある。
 我が家の申し訳程度に花をつける木とは違い、こちらは道路脇にあるためか見てくれと言わんばかりに大輪の花が咲く。枝中に白い花をつけ、開き方も花びらを反り返らせて実に豪勢なものである。ぼくは朝に夕に、しばしば車を止めてその姿に見入る。遠くには桜の花が群がって満開を迎えているというのに、ぼくはやっぱり、この白い花に目がいってしまう。
 春の訪れや日本人の心みたいな、そういった象徴はすっかり桜にまかせて、ぼくはそんな春の片隅にただ咲きさくて咲いているこぶしの花を、この季節のエンドロールのように眺めることにしたい。
 

春の序

 ちらほらと桜の開花宣言を聞くようになり、東京ではすでにお花見をする人々で賑わっている様子がテレビで流れていた。
 ぼくの地元ではまだ桜の花はつぼみのままだけれども、梅の花はあちこちで咲いており、中には枝いっぱいに咲き誇っているものもあった。通勤途中、車からそれらの光景を目にすると、春がやってきていることを実感して何かホッと安心感にも似た嬉しさが浮かんでくる。
 家には今年もまたツバメが飛んできた。子育てをし、5月の終わり頃までいてくれるのだろう。水仙が生えてきたり、牧草地の草が日に日に緑を強くしているところを見ていると、なんというか、春の準備が着々と進んでいるみたいでいいものだ。
 スギ花粉やら黄砂やら、そういった話はご勘弁だけど、段々と暖かくなってきていることが、寒い地域に住んでいる身としてはありがたい。

彼岸前に

 ぼくは時々亡くなった祖父のことを思い出す。懐かしむ、というよりは、ああそういえばこんなこともあったか、と大抵の場合は浮かんできた記憶をただ眺めるような具合に。
 それは実際に自分がじいさんと接していた記憶だけじゃなくて、人から聞いた話も思い返すことがある。
 例えば、じいさんは車の免許を取る前に単車の免許を取っていた。その単車に息子、ぼくの親父を乗せて学校まで送り届けていたようだ。
 じいさんが免許を取ったのは50代くらいの頃だったろうか。今のように高校生で教習所に行けるような時代でもなかったから、まだまだ車の免許なんて、それも田舎であれば一般的ではなかったのだろう。それよりは単車の方が取りやすかったはずだ。
 ぼくはじいさんが子ども姿の親父を後ろに乗せて走り回る様子を思い描いた。この目で見たことはないから随分と曖昧な映像だけど、自然ふたりとも微笑んだ表情として想像していた。楽しいというのか、嬉しいというのか。これはぼく自身が免許取り立ての頃、家族を乗せて運転したことになにか一抹の誇らしさを感じたことが影響しているのかもしれない。
 そんなことをかんがえているうちに、そういえばじいさんにも若い頃があったんだよな、とごく当たり前のことにおもい至った。
 ぼくは現在30代だけれども、当然じいさんにだって30代の頃があったわけだ。白髪ではない、シワの少ないじいさんだってそりゃいたわけで、しかしその姿を想像するのはなかなかむつかしい。
 けど、自分と同じ30代の時があった、と想像してみるだけでどこか親近感が強まるのは、それはまあ、今自分が30代だからで、じいさんもこんなことかんがえながら生きていたのか、と現在の自分を基準に想像しているからかもしれない。
 じいさんかあ。そういや死んだんだな。と、故人の記憶に触れることで、まるで久々に出会ったかのように、今更ながらに気づく。
 もうすぐお彼岸の中日、春分の日だ。
 今年もじいさんを始め故人共々、花や線香を携えて墓参りに行っておこう。

本人の代わり

 ぼくには20年以上の付き合いになるミュウ(ポケモン)のぬいぐるみがある。
 おおよそのことはすっかり忘れてしまったけれども、ぼくが小2の97年にアニメの放送が始まり、そのタイミングで買ってもらったものだとおもう。少なくとも小4のときにはもう持っていたはずで、まさか30歳をこえてなおも持ち続けているとは、当時の自分にはおもいもつかなかっただろう。
 ゲームの影響もあって(なにせこのミュウ、通常プレイではお目にかかれず、さらにはわざとバグを起こすことで出せたり出せなかったりするのだから、ヤング及川には魅力的であった)ぼくは当初からこの幻のポケモンに惹かれていた。そのためか、今でもなにかの折にミュウを見かけると胸がときめく。三つ子の魂百まで、というのか、子どもの頃に影響を受けた媒体は後々の人生観にまで受け継がれてゆく。ミュウとはまるで少年のこころそのものだ。
 そういうこともあってか、そのミュウのぬいぐるみはおそらくぼくの手元にあるものの中で一番の古株になるかもしれない。いろんなものを買っては捨て、買っては売りを繰り返している自分からしたら、やっぱり長い付き合いと感じないではいられない。
 ちなみに、うちのオカンにはもう40年来になる湯呑みがある。上には上がいるものだ。貫禄がまるでちがう。
 なにかの折にそんな話になった。
 確かオカンが、包丁が切れない、と嘆いていて、それなら買い換えれば、となんの気なしに提案したら、この包丁は名前入りだし30年は使っているものだからとどこか思い入れのある口調で言って、それから包丁を手に入れた経緯と湯呑みの付き合いを知ったのだった。包丁と30年、オニババか。
 そこから湯呑みになり、オカンが、今使っている湯呑みが壊れたら自分もそれまでだろう、と迷信じみたことを口にした。ぼくの祖母も大事に使っていたものが壊れて間もなくに亡くなったからだと言う。ほんまかいな。
 なるほど、そう言った縁起に関する話はたまに耳にするものだった。
 オカンにとっては湯呑みが本人の分身というわけだ。
 そこでぼくにとってはなんだろうとおもったときに真っ先に浮かんだのがミュウのぬいぐるみであった。
 ぬいぐるみというのがまた、妙にそれっぽい気がした。お前がなにかの拍子で壊れたり見当たらなくなったときが、おれのいのちのフィナーレというわけか。まあ、だからと言って慌ててどこかに保管しておく気も起こらず、普通に棚の上に飾っておくことにした。震度5くらいで倒れるかもしれない。そのときはまた起こせばいい。
 こういう話にはふた通りの解釈がある。
 一方はオカンが話していた、それが壊れると自分も死ぬ、そうしてもう一方は、それが自分の代わりとなっていのちを救ってくれるというものだ。
 もしもミュウのぬいぐるみが壊れてしまった際は、ぼくは自分の身代わりになってくれたのだとおもうようにしたいとかんがえた。
 ミュウが身代わりというのもなんともおこがましいが、まあ、流通していたぬいぐるみのひとつであるのだから、それでいいことにしておこう。
 こんな風にかんがえると、どこか飾っているそのぬいぐるみに一層のおもい入れがわいてくるのを感じた。このぬいぐるみには自分のいろんな記憶が入っている。なるほど、まるでぼくの代わりであるのだった。
 もっとも、一番いいのはぬいぐるみが壊れることなく本人の代わりに在り続けることだ。ぼくは久々にミュウのぬいぐるみを抱き上げると、小学生時分の、人生がポケモン一色だったころの記憶を苦笑しながら掘り起こしていた。
 ちょうど今、アマプラで『ミュウツーの逆襲』が観られる。時間が空いた時にでもこの映画を観ることにしよう。