STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

春のエンドロール

 ぼくは作家・堀辰雄の影響もあってか、白い花、特にこぶしの花が咲いているとついつい目がいくようになってしまった。
 今はようやく我が家でも桜が咲いた。ソメイヨシノとは違い、濃いピンク色が鮮やかに花開いている。枝いっぱいに花がついているわけではないので、見応えがあるかと聞かれると正直うんとは言えないものの、今年も咲いてくれたのか、という安心感も相まって、その控えめな咲き具合になんだか親近感も湧いてくる。
 家では梅も見頃を迎え、こちらはソメイヨシノの代わりのように、ほんのりとした桃色をつけている。眺めていると、どこからかウグイスの鳴き声が聞こえてくる。東北地方もようやく春だ。
 そんな春の名木たちの影に隠れてしまっているけれども、こぶしの花も咲き出した。
 こぶし、というように、人の手をぎゅっと握った状態から指の先を上に向けてゆっくりと開いてゆくようにこぶしの花は咲いてゆく。大ぶりの花びらは少し黄味がかっている。我が家にある木はさほど花をつけないけれども、通りかかるたびにぼくはその咲き具合を確認している。そうして今からもう枯れてゆく姿を想像して心配なんかしている。今年もあと何日この花を見られることやら。・・・
 今の時期、道路を走っていると遠くの山や家々の傍にちらっと見える白い花に目がいくようになった。そうしてそれがこぶしの花だとわかるといちいちほっこりしている。春のあわれ、なんていうのは少し大袈裟か。春の木曽路を電車に揺られながら、まだ雪深い山奥のそちこちにようやく咲き始めた白いこぶしの花を探す堀辰雄の影響が、こんなところにも出ているのだ。
 ぼくの通勤途中の道に、すぐ道路沿いに生えているこぶしの花がある。
 我が家の申し訳程度に花をつける木とは違い、こちらは道路脇にあるためか見てくれと言わんばかりに大輪の花が咲く。枝中に白い花をつけ、開き方も花びらを反り返らせて実に豪勢なものである。ぼくは朝に夕に、しばしば車を止めてその姿に見入る。遠くには桜の花が群がって満開を迎えているというのに、ぼくはやっぱり、この白い花に目がいってしまう。
 春の訪れや日本人の心みたいな、そういった象徴はすっかり桜にまかせて、ぼくはそんな春の片隅にただ咲きさくて咲いているこぶしの花を、この季節のエンドロールのように眺めることにしたい。