STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

春のひととき

 暦の上では春になった。
 といっても、肌感覚ではまだ全然春は遠い。特に東北の山村なぞはこの2月が一番寒いくらいだ。冬至を過ぎてから日の入りは遅くなり、だんだんと明るくはなってきたものの、それでも季節は、新年で気分だけでも和らいだかのような気のする気温からもう一度冬がグッと深まる頃になった。いつだって春の始まりが一番寒い。
 まあ、春が寒いうちから始まるのもどこか乙なものだ。ぼくなんかは、必ずらうららかな陽気の、桜が心地良ささそうに咲いている期間じゃなきゃ春とは呼べない、なんてお堅いことはかんがえておらず、この凍えるように寒い時も含めて春であると、随分のん気に構えている。
 
 家の庭から見える自然はまだどこも冬らしさを漂わせている。色とりどりの花など見当たらず、常緑の植物たちも、まだくすんだ色で心持ちだらんとしている。多くの木々は裸の枝を突き出しているばかりだ。
 けれども、そのじっと暖かくなる時をひたすらに待っているいじらしいほどの姿は、やがてくる季節の予感を多分に含んでどこか瞑想的でもあり、心惹かれるうつくしさがある。春は冬から始まる。植物たちはぼくらよりも知っている。寒い寒いと騒いだところでしようがない。どうせ春は来るのだ。・・・
 
 少しばかり、家の裏山を散歩に出掛けた。
 いつ降ったか忘れた雪は、ぼくの記憶力を体現しているかのようにすっかり消えてなくなっていて、ただ日の当たらない箇所にだけじっと冬眠しているかのように、まるでそうすることでこのまま次に訪れる季節をやり過ごせるとでもいうように、ひと塊りになって残っていた。
 次また雪が降れば、あたり一面冬景色へと逆戻りだ。時に暦通りに、時に人間のかんがえた暦など無視して後戻りして、それを繰り返しているうちに、いつの小間にか、気づいたら春がそばに来ている。今年もそんな感じで春になるのだろう。ぼくはそんなテキトウなことをおもい浮かべながら、地面にちらちらと見え隠れしているオオイヌノフグリに注意を向けつつ家に帰った。
 
 本日は初午の日。
 午年生まれのぼくにとっては、勝手にご縁を感じる日になる。
 なにかウマいものでも食べながら、今日1日を過ごすことにしよう。