ミキサーを新調すると、なぜかバナナジュースが作りたくなるものだ。
いつだったか、近所でとあるお店が閉店することになった。
例にもれず閉店セールが行われた。
段階的に割引分が増えてゆき、最終日はなんと9割引き。そこまでくるともうドン引きというか、商品なんて空気くらいしかない気がした。
ともあれ、ぼくはその減点方式みたいなセールにいともたやすくつられて、まだ3割引きのときに行ってきた。
5割では品物もガクッと減り、さらにはお客さんで大混雑するに違いない。まだ傷が浅いうちが買い時だ、と算段したわけだ。すっかりお店側のおもうツボであった。
計算外だったのはお客さんの数だった。
3割引きであってもすでにごった返していた。菓子類はすでにもぬけの殻、飛ぶように飲料水がさばかれていた。閉店セールは人を鬼にする。
とにかくまだお店にあるもので、ほしいもの、使えそうなものをかごに入れていった。
そのなかのひとつに、ミキサーがあった。
正直購買欲なんて抱いてなかったけれども、いっしょに来ていたオカンに「あんた欲しいとか言ってなかった?」とささやかれると、確かにそんな気がしてきて、どれひとつ、と割引にもつられて手に取っていた。これぞ割引マジック。だが、言っとくがオカンよ、だれが支払うかご存じですか。
そんな経緯で我が家にミキサーが来た。
ミキサーなんて、そもそも何十年ぶりに買い替えたのか、というか最後に使ったのはいつなのか。思い出せる者など生きてはおるまい。
最近ではジューサーやらブレンダーやらとも言うらしい。道具もこじゃれたネーミングで言われたい時代なのだ。
それはおいといて、ぼくにとってはミキサーと言ったらバナナジュースなので、せっかくなら作ってみよう、と数日後材料となるバナナやら牛乳やらを買ってきた。
おそらくきっかけは『よつばと!』という漫画にある。
たしか第15巻で、主人公の女の子(よつばちゃん)がバナナジュースを作る回がある。
妙に作り方に詳しい、むしろうるさい人がいっしょに出ていて、それが印象に残ったのか、一時期ぼくはセブンのバナナオレを狂ったように飲んでいた。まさにゴリラの一歩手前だった。ウホッ。
しかし任期満了であるのか、セブンからそのバナナオレは突如姿を消してしまった(ただ、のちに復活した、ウホッ)。
バナナオレは幾多のメーカーから販売されているけれども、手軽に買えるものでは、ぼくにとってセブンのが一番だった。あの濃厚さはやみつきのお墨付きだったのにがっかりだった。
いや漫画読んだらふつうは作れよ、とつっこまれそうだけど、当時のぼくはミキサーをまだ買う気がなかった。洗うのが面倒というのがなによりの理由だった。バナナは洗わなくても食えるのに、なぜジュースにした途端洗う手間が増えるのか。
まあ、いつかミキサーが値引きでもしてたら、そのとき買っていっちょ作ってみるか、と「いつか」に投げやりしているうちに忘れていたけど、オカンの催促も重なり、そのときが来たのである。
ぼくは材料を机に並べた。
バナナに牛乳、ほかにはちみつと氷。
たったこれだけしかない。バナナジュースを作るのに特別なものなど用意する必要なんてないのだ。
付属のレシピ冊子を見ながら早速とりかかった。
バナナは1、2センチ角に切る、と書いてあったけれども、面倒なので手でちぎった。それから牛乳を200ミリリットル入れようとしたら、すでにバナナを入れていたのでもうミキサーの目盛りは当てにならない。知らないうちに手順を間違えていた。
ええいままよ、男は黙って目分量、とぼくはテキトウなところまで牛乳を注ぎ、はちみつも大さじ1杯をうっちゃってダボッと入れた。氷くらいは説明通りちゃんとふたつにした。
いよいよミキサーを回す番になり、ようやくぼくはミキサーの取扱説明書に真面目に目を通した。なぜか機械の扱いは説明書通りキチンとやりたかった。
最初に数回短く動かしてから、あとは30秒くらい動かすらしい。ぼくは言われた通りにボタンを押しながら、攪拌されゆくさまを見ていた。
人間30秒もあると、どーでもいいことでも無意識にかんがえ始めてしまう。ぼくは秒数を数えながら、なぜバナナはバナナというのか、どうしてゴリラと言ったらバナナになったのか、とぐるぐる頭に疑問を浮かべていた。
ともあれ、秒数を数え終えるとバナナジュースは完成した。
そのまま口をつけて飲むのも素行が悪い気がしたので、とりあえずグラスに注いだ。盛り付けも何も気にする必要がなくていいのがこういったミキサー調理のいいところだ。
粘り気のある液体がグラスを満たす。いざ、実食のときである。
そう言えば、『よつばと!』の中ではバナナジュースを初めて飲んだよつばちゃんが一言「せかいいちおいしい」と実にいい表情で言っていた。
果たして、自分が初めて作ったこのバナジューはどうなのか・・・、ぼくはおもわず腰に手をあてがいながら、グビッと一口飲んでみた。
せかいいちうまかった。