STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

愛情を書いたひと

 立原道造という詩人が、『愛情』という一編の詩をのこしている。

 

  郵便切手を しやれたものに考へだす

 

 これが全文になる。詩というよりも俳句と言ってしまった方がいいくらい、短くて、それが故になにか味わいがしみ出してくる。
 ことばそのものが読んだひとになにかを想起させるというのではなく、読み終えたあとの、ことばをはなれた空白とでも言うようなところからいろいろの情景をおもい起こさせる、そういった詩となっている気がする。
 切手をなににするかでかんがえながら、その実、相手のよろこぶ顔をかんがえ浮かべている。愛情の仕上がったふつうの郵便物がふたりだけのちょっとした特別なものにかわり、そうしてなんでもない宛名の一文字でさえ、切手につられておしゃれに見えてくる。切手ひとつが愛情のしるしとなってゆくのだから、贈り物は奥が深い。
 だれも切手になんか愛を見つけなかったかもしれない。現代ならなおさら、葉書でも封筒でも、それは事務的な手続きのうちに片付けられてしまって、わざわざ愛なんて貼ったりしない。
 そんなちょっとしたものにも立原は気をくばって、そうして実になんでもないような書き方で詩にしてしまった。だからかれの数ある詩のなかでも、この一編は妙に余韻が聞こえてきて、ことばにするのをうっちゃったその余韻こそがどこかことば以上に詩らしくおもわせてくれる。24年という短い生涯の象徴として、この短い詩をとらえるのなら、詩をはなれてただようさまざまのあの余韻は、いまも多くのひとに親しまれ読まれつづけるその後の立原の作品の謎めいた魅力みたいに、そんな風におもわれてくることもあったりする。
 立原が相手を想って触れるものには、皆かれのおもいやりが香りのように移ったのかもしれない。

 

 参考文献
    杉浦明平編 『立原道造詩集』 一九八八年・岩波文庫