STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

或る日

 ぼくの家ではじいさんの代から付き合いのある車屋さんがいる。車検やらオイル交換やら、何かあればそちらに頼んでいる。
 
 今度ぼくの住んでいる地域にも雪マークが出始めたので、そろそろだな、とその車屋さんにタイヤ交換に行ってきた。雪国なら必須の恒例行事だ。
 電話を掛けて予定をとり、冬タイヤの状態を確認してから出掛けた。
 車屋さんに着くと大型トラックや軽トラやら他のお客さんの車が止まっている。いかにも町の車屋さん、という感じの、忙しさが伝わってくる空気感があった。
 ここで車を預かっている間、事務所で奥さんとしばし談笑をした。もうそれなりに年を重ねてはいるけど、今でも現役バリバリだ。電話もこのひとに対応してもらった。
 熱々のコーヒーをいただきながら、めっきり冷え込んできた今日この頃のことなど、ぼくらは日本人らしく時候のあいさつから話し始めた。もっとも、本日の日中は11月らしくもないぽかぽか陽気だったけど。
 奥さんは以前やってきたお客さんに、出されたお茶がぬるかったと注文をつけられたこと話してくれた。まあ、親しい間柄だからこその遠慮のない申し出でもあるだろうけど、話し終えた後「人間は口があるからいけないねえ」と奥さんは苦笑いしていた。うーむ、捉えようによってはなかなか深い経験談でもある。ぼくも口は慎もう。
 それから奥さんの家で飼っている猫の話題へと移った。朝起きると見当たらなくて、どこだどこだと探していたら、なんのことはない、ストーブの近くで暖をとっていたらしい。猫らしいエピソードでほほえましかった。途中、カレンダーを配りにきたお付き合いのある会社の方が来る。奥さんと軽くあいさつを交わす。師走が近づくとよく見かける光景だ。
 話はぼくの姪っ子の近況に移り、そこから奥さんの子供時代や東京就職時代に変わっていった。話し相手がいると、いろいろと思い出が口をついて出てくるものだ。思い出はことばをほしがっている。奥さんは懐かしそうに身の上話を話してくれた。
 そのうちにタイヤ交換が完了した。これで我が車も冬仕様。雪道なんて怖かない・・・とは断言できない。東北の雪道は舐めらたらアカンのだ。ツルリとやられる。
 ではまた今度、とぼくは奥さんにお辞儀をする。奥さんは事務所から出てきてぼくをお見送りしてくれる。まだまだ元気でなりよりだ。ぼくはウィンカーを出して車を走らせる。
 ちょっとはタイヤのグリップ力が増したかな・・・とわかるわけもないことを感じとろうとしながら、ぼくはオカンに頼まれた用事をおもい出す。
 
 そんな他愛もない一日である。