STUDIOwawon

STUDIOwawon(スタジオわをん)は、「かる、ゆる、らく」をモットーに、ことばをデザインしてゆくスタジオです。

ナナチが来た日

 ナナチが来た。
 
 『メイドインアビス』という作品がある。WEBコミックガンマというところで連載されている漫画で、2度アニメ化されている。劇場版も公開された。
 内容は他に譲るとして、その中にナナチというキャラクターが出てくる。ウサギみたいな見た目の、愛嬌と味のあるキャラだ。
 このキャラの等身大フィギュアが出ることを知ったのは、去年(2022)の7月くらいだったろうか。
 ちょいとサイトを調べると、4分の1スケールとともに受注生産という形で予約を受け付けていた。お一人様1個迄、色々な角度からの写真が説明付きで載っていた。
 その存在を知ったときはおどろいたものだった。
 それというのも、ぼくはこのキャラの等身大フィギュアでも出ないかなあと淡い期待を抱いていた矢先でもあったからだった。この見た目は等身大でこそ活かされてくるはずだ。そんな風におもっては想像の中でその等身大を形作っていた。
 綾波レイ等身大フィギュアが、同じ会社から受注販売されているのを見ていたからというのもあった。綾波があるなら、ナナチがあったって良さそうなものじゃなイカ。なんの根拠もないけど、とにかくあったらいいなをぐるぐるかんがえていた。あったらいいなは形にするべきだ。
 それに当時は、手に入るナナチのフィギュアが軒並み売り切れていて、買おうにもプレミア価格になっていた状況もある。ぼくは基本定価以上で商品を買うことに釈然としない者なので、この現状には不満があった。欲しいけれども、買えないし買いたくない。どうせ高いなら、もっとちゃんとした、それこそ等身大フィギュアでも━━、そのおもいが現実のものになったのだから、おどろかないではいられなかった。
 販売期間は7月22日から10月31日迄、この約3ヶ月間の内に予約すると、来年の秋ごろ届く予定となっていた。
 当たり前だけども、スケールもデカければ値段も張りに張っていた。そりゃあ車を買うよりかは安い方だけど、中古車並みの価格である。ぼくは中古車が自分の部屋にデンッと構えているところを想像した。うん、入りきらん。
 でも、ナナチなら入る。
 買うっきゃない。
 支払い方法が一括のみであったり、キャンセルができないことであったり、そこいら辺で二の足を踏んでいたものの、こんなご縁を逃してはいられない、それに現実味のある手に届く値段だ、いざとなれば金融機関でナナチローンを組めば良し、とぼくは意を決して予約ボタンをポチリと押した。ワンクリックで高価なお買い物ができるなんて、世の中、狂ってるぜ。それでも、憧れは止められねぇんだ。
 そんなこんなで、ぼくは予約をしてあとは届くのを待っていたのだった。
 ・・・家族には、なんて目で見られるのだろう。・・・
 
 11月22日。水曜日。
 前日の電話通り、2時半頃、ナナチを載せた配送業者のトラックが家に来た。
 「仙台ピアノサービス」と荷台には書いてある。確かに、そのナナチはピアノみたいにデカく、割れ物要注意だ。どのように配送されるのか気になっていたけど、こういうのはちゃんと専門のひとたちがいるらしい。
 どうやら盛岡支社から出発してきたらしかった。片道2時間。いやはや、ご足労おかけいたします。
 配送に際しては、希望日や玄関の大きさなど、販売会社の方から事前にメールが来ていたので、間口の寸法とともに、せっかくなら、とぼくは良縁を感じさせる良い夫婦の日にお願いしていた。その通りになったことは素直にうれしかった。
 昔は友人にフィギュアと結婚する冗談を言った気味悪く青臭い日々があるけれども、まさか本当に1分の1フィギュアを購入する日が来ようとは。
 間違いなく、これまで買ったフィギュアの中の最高額であった。今乗ってる車よりも高いって、及川はん、あんたの金銭感覚どないなっとんねん。
 ふたりの配送業者の方とともに、運搬の経路を話し合った。
 それから、どデカいダンボールがトラックから我が家へと運ばれた。ダンボールにもしっかり、「メイドインアビス ナナチ 1/1スケール等身大フィギュア」と明記されている。業者の方にもすごいですねぇ、とほほえまれる。まあ、1分の1ですからね。お兄さんもナナチを運ぶのはこれが初めてであろう。
 ダンボールを降ろして、切れ目に沿って封を切れば、観音扉でご開帳というわけだ。
 ただその瞬間は、部屋の間取りや運び方やらの関係でぼくからは拝めなかった。
 別に作業を逐一監視する気はなかったので、ぼくは無事部屋まで到着したのを見計らってあとは居間で組み立てが終わるのを待っていた。
 作業は30分くらいだっただろうか。
 時折業者のお兄さんたちのどうするかこうするかという話し声を小耳に挟みながら、破損のないよう丁寧に行なってくれているんだなあとしみじみしているうち、すみませんと呼ばれた。
 ダンボールと壁の間をすり抜けて行ってみると、そこには台座に降ろされたナナチがいた。いや、ホントにいた。
 あとは耳を取り付けるだけで、とりあえず傷や破損がないか確認してほしいと言う。ぼくは足元から徐々に目線を上げながらそれらしいものがないかチェックした。それらしいものなどない。お兄さんたちの手練の賜物である。
 台座の保護フィルムが剥がされ、耳がつき、ついにナナチが完成した。
 WAO! ナナチである。どこから見てもナナチである。らんまは2分の1。ナナチは1分の1。おいおい、こいつぁすごいぜ。笑いが止まらないぜ。
 業者の方から説明書を受け取り、サインをして、作業は無事終了した。
 お兄さんたちは発泡スチロールの破片をくまなく回収しようとしているので、あとは自分でやりますと伝えた。ぼくはこのおふたりに感謝しかない。ピアノよりは軽く小さいだろうけれども、神経を使う作業は大変だったはずだ。
 それでもお兄さんたちは嫌な顔ひとつせず帰って行った。こうして運ぶひとがいてこそナナチは成り立つのだ。
 ここからはナナチタイムである。
 ぼくは何度も自分の部屋に入り、そこにナナチがいるその存在感を噛み締めた。なにせ去年から想像を膨らませていたフィギュアがそこにデン、と構えているのだ。ケタ違いの迫力である。想像が現実のものとなった喜びで今はいっぱいだった。恐るべし等身大、と言ったところか。横向けば、ナナチ、振り返れば、ナナチ、となりのナナチ、すっかりそっくり、そのまんまナナチ。ナナチよ、お前はどこのナナチじゃ。
 小学生レベルである。
 フィギュアはひとを童心に戻す。なにせぼくのテンションは箱から取り出されているときからおかしくなりっぱなしだった。こんな買い物、多分もうないだろう。家がナナチを運べる間取りでよかった。
 そんなこんなで、ぼくのその日は暮れていった。
 
 今もナナチは順次配送されていて、全国のあちこちにお披露目されている。全都道府県にまで及んでいるかもしれない。アーバンナナチにローカルナナチ。みんなどんな風に設置しただろう。2階に運ぶとしたら、きっと一苦労かかることだろう。ぼくは日本中にナナチが立っている姿を想像した。
 そんなナナチレポート。